2011年 08月 15日
お盆雑感 |
帰国してだいぶたつのに全然更新してなくて、見に来てくださってる方すみません!クラスではちょこちょこインド小話していますが、お会いする方々、職場の仲間、友人、家族、ヨガの練習から、いろんな気づきをいただいている毎日です。
渡印前より物理的には忙しくなっているのですが、思考の方がどうもゆっくりで。言葉にするのがまだうまくできないなあと感じています。
まあ、うまくしなくてもよいのだろうと思って感じるまま書きますね。
すっかりお盆で、今年は東日本大震災があったことで、特別と感じます。
意にかかわらず、いっぺんに失うということ。
生きていくことは辛いし、悲しい。
インドで、東北でまた地震があったとの情報が入ってきた時のことを思い出します。
傍に相方satokoが居てくれたこと、お世話になっていた普段寡黙なアーユルヴェーダドクターが、「日本人は働き者だ、日本のバランスは大丈夫だ」と言ってくれたことが、ものすごく心強かった。
自分もその日本人なんだと強く思ったものです。
同じくヨガインストラクターをしているsatoちゃんと、インドで出会った各国ヨギーたちとは、大笑いしたりふざけたりしながらもとにかくいろんなことを語り合ったのだけど、どこにいたって息づくリアルな感覚として再確認したことの中に、『身体の感じるままにできるだけ在りたい』というのがあります。
そして、そう思うこと事態エゴかもしれないけど、まわりの人たちにもできるだけそうで在ってほしい。
インドといえどもずいぶん守られた環境だったし、水も電気もままならない暮らしをちょこっとしたくらいで言えることでもないのだけど、いろいろあるけど楽しくシンプルに生きれればよいなーという気持ちが湧いてきたこと、それに添ってみたら楽しかったみたいな体験はしました。
もともと、生き物には、行きたい、見たい、聞きたい、触れたいなど、~したいwillエネルギーが潜んでいて、それは外に出たがっているのでしょうね。
でも、過度の情報や、経験からくる怖さや不安が、本来あるwillエネルギーに蓋をしてしまう。
クラスで話したこともありますが、考えなくてはならないこと、不安や心配の種はそこらじゅうに転がっていて、とりこもうとすればそれらはいくらでも内に入ってきます。
ひょっとそっちに手をだして、とりこんだそれらの中に留まって自分が辛くならないように。人が辛くならないように。
そんな習慣をみつけたのなら、改善していけるように。
好き勝手やれというようなことでなくて、自己犠牲を感じるようなことならやめたほうがよいよねということ。
そこには覚悟が必要かもしれないけど。
仕事や社会生活は理不尽なこともあるかもしれないけど、ひとりで生きているのではないと感じさせてくれる素晴らしいものだし、その自分の生活にどんなふうにヨガの知恵をアジャストしていけるかを考え試すのはきっと楽しい。
ヨガは本当にあらゆることに応用できるツールだわともあらためて思うのです。
とめどなくでてくるものをめずらしくつらつら書き、なんか離滅裂だったらごめんなさい。
読んでくれてありがとうございます。
今度はインド雑風景をお届けしようと思いますが、もたもたしているわたしに代わってsatoちゃんがNYから記事アップしてくれてます。
底なしの愛情と底力をみせてくれた、わたしの姉のような、おかあちゃんのような、アメリカンジャパニーズな
satoちゃん、サンキュー!
わたしたちが体験したヨガとインド、生きて活する『生活』見直す2011インドの旅路はこちら → ★
by akiicoco
| 2011-08-15 19:16
| day by day

